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ねことパンの日々

ねことパンの日々

二笑亭綺譚 式場隆三郎著

二笑亭綺譚 式場隆三郎著 昭和14年 昭森社(第二版)

二笑亭綺譚

昭和初期、東京の門前仲町にあった、奇妙な建物「二笑亭」について書かれた本です。装丁は芹澤けい(金圭)介。なかなか面白い面構えです。

この「二笑亭」、偏執狂的な主人によって作られたものすごくヘンな建物です。奇妙な間取り、和洋合体風呂、壁の節穴にガラスを埋め込んだ「窓」、昇れない梯子、使えない部屋、胡椒を塗り込めた壁...などなど、不思議な造りがいっぱい! しかもものすごくいい材料を使っているところもあって、主人の尽きないこだわりが凝縮されているのです。

あの「天才バカボン」に、パパがとてもヘンな家を建ててしまう話があったのを思い出しました。床がななめだったり、トイレの便器が入り口だったり。こういうシュールな世界を実現してしまう人がいたとは! まことに面白い建築で、ただただ感心して図面に見入ってしまいました。

問題はなぜこんな建物を造ったのかということですが、ここの主人はなぜか、この建物を造ることがまるで生きる目的であるかのように、建築に没頭したといいます。何かのために、ではなく、まさに「建築のための建築」であり、彼にとっては「建築のための人生」であったわけですね。
建物を作ることにすべてを捧げた彼は、家族を失い、財産を失い、ひとりきりになってもこの建物に住み続けたのだそうです。

著者の式場隆三郎は、精神科医としてこの建物の分析をしています。ただそれが精神のバランスを崩した男の奇妙な仕事であると断じるのではなく、その意味について考え、はては芸術的価値までも見出しています。確かに、昭和の初めにこの建物に注目した芸術家は多く、シュルレアリスム絵画の紹介者福沢一郎も、自著『シュールレアリズム』の中でこの建物について言及しています。もっとも、芸術的価値を見出すということは、多分に「興味本位」であることにもつながってしまうのですが...。

現代の我々から観ると、この本の中にも、精神を病んだ人々の人格への差別が厳然といて存在している事実を無視し得ません。しかしながら、精神の病について差別的偏見が非常に強かった昭和初期、しかも戦時という時代背景のなかで、精一杯客観性を保とうとした真摯な著者の姿勢は高く評価できます。

それにしても。

かたちの面白さ、美しさというものと、それを感じる人の心との関係とは、かくも複雑で、恐ろしいものなのでしょうか...。いろいろなことを考えさせられる1冊でした。





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